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第53回 海中熟成のワイン

昨年ちょうど今頃、イタリアの豪華客船「コスタ・コンコルディア」の座礁事故がありました。ローマのチヴィタヴェッキアを出港してまもなくの事故で、船長の身勝手な行動と判断が、多くの被害を増幅させたそうです。乗客の中には100年前に起こったタイタニック号の悲劇を思い起こした人が多かったとニュースに流れました。



過去に、昔の沈没船の中でそのまま海中に放置されてしまったワインがあります。私の記憶に鮮明に残っているのは、1998年、スウェーデン沖でのある沈没船の引き揚げです。1916年10月末、ドイツの潜水艦Uボートによって沈没させられたその船には、ロシアのニコライⅡ世の命により、フィンランドに駐留するロシア軍のためにオーダーされた3000本ものシャンパーニュが積まれていたのです。船とともに沈んでいたシャンパーニュは80年もの間、海中に沈んでいたわけですが、その環境はといえば、日光から遮断された摂氏4度、水圧は引き揚げられたシャンパーニュのガス圧とほぼ同じの5~5.5気圧程度であったということと、また、この時代のシャンパーニュにはまだ辛口がなく、甘口に仕立てられていたため、より長い期間の熟成に向いていたことなど、奇跡的な幸運がことごとく重なり、2000本以上のボトルが無事に引き揚げられたのでした。このシャンパーニュを試飲したワイン専門家クロード・マラティエ氏のコメントは「驚くべきことにこのシャンパーニュはまだ若々しい果実味が残っており、わずかながら泡も存在している。開栓後にすぐ劣化する、といったよくある古酒のようなこともなく、このまま地上でも適正な環境であればもう数年はまったく問題がない」と発表しました。このシャンパーニュが世界中でオークションにかけられ、たちまちのうちに姿を消したことは言うまでもありません。



このような過去の事例を受け、海中でワインを保管・熟成させてはどうかという試みが世界の海で数々行われています。2011年末に届いたニュースでは、フランスで1000メートルの海中に600本のワインを熟成させるというプロジェクトが始まったとのことです。このプロジェクトを始めたフランスのChateau de Coureauのオーナーである、フランク・ラベイリー氏は2009年、同社のBlanc de Cabanes(白ワイン)を3~8メートルの海中に沈めており、すでに実験済み。1000メ-トルまで沈めればさらによい熟成結果を得られえるのではという期待がよせられています。現段階は、海洋事業のJIFMAR社協力のもと、海中での水圧にボトルが耐えられるかどうかなどをくりかえし試しているとのこと。最初に沈める実験場所はバイヨンヌあたりで、最終段階では海岸から150㎞離れたアルカション沖になると予定されているそうです。このワインにはラベルも金属製のものを用意、沈める箱も金属製を作成したそうです。



イタリアのワイン商でもあり、広大な畑を所有するジェノヴァのカンティーナ「ビッソン」は、2009年、12個のゲージに詰めた6500本のワインを海中70メートルに沈めました。そのスプマンテの名前は「Abissi」。イタリア語で深海という意味です。彼らの研究の結果、ボトル内部と海中における外部の反対圧力は7気圧、泡の保存によいということです。奇をてらうものではなく、一定の温度で、光を遮り、最良の圧力を得ることができるという好ましい環境を考えた時、海中がもっとも理想的であるとの結論に達したから、というのがこの実験のきっかけだそうです。
カンティーナ・ビッソンのサイト http://www.bissonvini.it/



イタリアでのコスタ・コンコルディア号についてのニュースに初出航のときの不思議な話が掲載されていたと友人のイタリア人が教えてくれました。コスタ・コンコルディア号の初出航のとき、航海の安全を願い海にたむけられたシャンパーニュのボトルが不運にも割れなかったので、その後を心配していた人が少なからずいたということです。「海・ロマン・シャンパーニュ」といろいろな言葉が浮かびますが、イタリアの観光事業の目玉として多くの旅行客が楽しみにしている地中海クルーズなのですから、安全こそがすべての最優先です。





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