第54回 ワイン偽造 Vol.2

以前の連載No.49回の中で、「世界一高いワイン~ジェファーソン・ボトルの酔えない事情」という書籍をご紹介させていただいたことがあります。アメリカ第3代大統領のトーマス・ジェファーソンが所有していたワインで、オークション価格が当時のレートで3000万円という価格で落札されたものの、このジェファーソンボトルは偽物だったのでは?という疑惑をベースに書かれた小説です。



昨年、アメリカのFBIがワイン収集家ルディ・クルニアワンを大量ワイン偽造容疑で逮捕したというニュースが流れ、舞台となった英米のワイン業界だけでなく日本のワイン業界にも衝撃が走りました。



このクルニワン被告は、別名「ドクター・コンティ」と呼ばれ、自称、裕福な家庭に育った中国系インドネシア人。現地のニュースによると、本物なら130万ドル(1億600万円)以上に相当するワインを偽造して、オークションに出品し、不正に利益を得たというものです。



事件の内容は、2006年ニューヨークのワインオ―クションハウス「Acker Merrall&Condit」において、クルニワン被告から出品されたワインが、総額3800万米ドル(約31億円)で落札。しかし2008年に同被告がAckerに出品したブルゴーニュの名門ドメーヌ・ポンソ84本のボトルが出品取り消しとなったことから同氏に疑惑がわいたというもの。



この出品取り消しは、その後この事件の被害者となる当のドメーヌ・ポンソのオーナー自身がインターネット上にでた同オークションハウスのカタログで気づき抗議したことにより、出品が取り消されたということです。



クルニワン被告はこのドメーヌ・ポンソの1929年ヴィンテージのものを出品していましたが、ドメーヌ・ポンソでは1934年まで醸造所内での瓶詰めを行っていない時代で、明らかに偽装ワインだとわかったそうです。またこの他にも、ポンソでは1982年までこの畑のワインを造っていなかった1945年や1971年ヴィンテージをつけた明らかに偽物である『クロ・サン・ドニ』もあったそうです。



クルニワン被告は、ワインオークションの業界では有名なワインとアートのコレクターとして知られた人物で、ビバリーヒルズやニューヨークのサザビーズなどにも頻繁に顔をだしており、高級レストランで飛び切り高価なワインを注文する人物として注目をあびていたそうです。同被告は過去10年もの間ボルドーワインのほか、ブルゴーニュの相当数の所蔵ワインをオークションに出品経歴があり、顧客の中には億万長者のウイリアム・クック氏の名もあがっているとのことです。



日本の輸入代理店の中にはオークションもののワインを代理落札して、販売している業者もあり、ワインコレクターには頭の痛いニュースになりました。現に、私のお客様の中にも、この事件にあがった年代のドメーヌ・ポンソを購入している方がいて、すぐに仕入れ元を調べるように連絡をしたほどです。



偽物をだまされて買わされる人にとって一番つらいのはお金の問題ですが、この事件に巻き込まれた中心人物ドメーヌ・ポンソのオーナー ローラン・ポンソ氏Laurent Ponsotにとっては、代々続いた名家の貴重なヴィンテージワインに疑惑の目が向けられるという、信頼を取り返すにはあまりにも困難な悲劇がふりかかってしまったのです。



一時期、日本のバブル時代に同様の事件が多数起こりました。ボルドーのシャトーまでをも買収した日本のワインブームに便乗してか、有名なシャトーのワイン、ペトリュスやムートン、ラフィットなどの偽物が多く出回った時期がありました。そのほとんどが、ワインのプロフェッショナル、特にヴィンテージものに精通した人間であればちょっとしたラベルのトリックに気づく単純な偽物です。いつの時代にも、知識を持っていなければ大損をすることもあるということが証明されます。



今、世界中で商標問題が取りざたされていますが、ワインのラベル偽造やボトルの偽造などプロ集団にかかればさほど難しいことではないのかもしれません。どんなに個性的なデザインでワインをリリースしようとも、いたちごっこです。



イタリア、トスカーナの銘醸ワイン「オルネッライア ORNELLAIA」は、ボルドーの高級ワインにも引けをとらないイタリアでもトップランクの赤ワインですが、昨今の偽造ワインや不正流通を防ぐために、2007ヴィンテージから、オルネッライアから正式に出荷されるボトルには特殊なチップを埋め込んでいると聞きました。トレサビリティが明確になり、問題が起きたボトルの追跡がすべてわかるとのことです。この説明をした輸出部長のジョヴァンニに「どこに埋め込まれているの?」と聞きましたら「それは秘密」とにこやかな返事が返ってきました。



今は産地や価格などにしぼっていけば、インターネットの普及で、世界中のものがほとんど入手できる時代になっています。このような時だからこそ、ご自身の真贋を見抜く目を磨く必要性があるのでは、と節に思います。





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