第18回澱について

皆さんはワイングラスやワインのボトルの中に黒いカスのようなものが沈殿して入っているものを見かけたことがあるでしょう。ご存知の方も多いと思いますがこれはワインの澱(オリ)です。
赤ワインに生じる澱は、ワイン成分中の色素やタンニン、ポリフェノ-ル、タンパク質などがワインの熟成中に結合して固まったもので、一般的に熟成が長く重厚な味わいをもったワインに多く見られます。ワインが若いうちに澱が生じることは少ないのですが、こういったワインはたいていの場合、まだ酸味や渋みが強く、飲み頃になるまで時間を要するものです。年数が経ち、熟成が進むにつれタンニンや色素(アントシアニン)が固まり澱となりますが、これは決してワインが悪化したものでもなく、また人体にも影響のあるものではありません。しかし澱が舌にさわるとざらつきや苦味を感じてスムーズでなく、飲み心地が多少なりとも落ちるので、グラスに注ぐ前に澱を取り除き、上澄みだけを飲むようにするためにデカンタージュをするのです。
ワインの瓶底が大きく窪んで指が入るようになっていることをご存知ですか?この窪みを囲む周りの部分にうまく澱がたまるようにボトルが作られています。澱があるワインをデカンタージュする時には、飲む前に少なくとも数日間ボトルを立てておけば、それまでボトル全体に舞っていた澱が窪みの部分に沈殿しますので、それをあまり揺らさないようにして上澄みのワインだけをデカンタに移します。この作業時にボトルの首を何度も上げ下げするとせっかく沈殿した澱がまた舞ってしまいますので注意をしなければなりません。以前にも書きましたがデカンタージュの目的のひとつ、それが澱を除くことなのです。



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赤ワインの澱には、細かな砂状でボトルのなかで揺れているものもあれば、ある程度大きな塊となってボトルにはりついたようになっているものもあります。前者は何日かボトルを立てておけば沈みますが、後者のように瓶の口の近い部分(ボトルの肩の部分あたり)にべったりと付着してしまっているものは厄介です。いくら上手にデカンタージュをしようとも、ワインがすべてその澱の上を通ってくるために少しずつデカンタに入ってしまいます。これは保管されていた場所で不適切にボトルが寝かされていたことを意味します。ボトルは、常に同じ面が下にいくように保管しましょう。よいワイン業者であれば、ヴィンテージワインは、ボトルを購入した最初にきちんと澱下げをしてから、静かに寝かし、セラーで保存しますので、片面だけにしか澱が付着していないはずです。このようなところからも、ワインの保管の良し悪しが判断されることもあります。



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一方白ワインにも澱があります。これは赤ワインの澱のように色素が固まったものでなく、主として酒石酸カリウムの結晶によるものか酵母菌の死骸によるものです。酒石酸はコルクの内側にキラキラと輝いた細かな砂のようなものが付着するか、瓶底に沈んでいる場合が多く、また酵母菌の残骸は白い粉がボトルの中で浮遊しているように見えるものです。白ワインを造るとき、香りや風味を高くだすために意識的に酵母菌を長くワインの中に浸漬させておく場合があります。たいていは瓶詰め前に澱引き(フィルターをかけるか、卵白で澱を除去する方法)という作業をしますが、生産者によってはその独特な風味を損ねないようにわざとノン・フィルターのワインにすることもあります。ですから白ワインの場合、それが他の異物でなく酒石酸や酵母菌による澱がある場合は、品質のよい高級ワインに造られていると言っても過言ではありません。これはプレステージュの高いヴィンテージ・シャンパーニュでも同じことが言えます。このような酒石酸の結晶が見えたとき私たちは「ワインのダイヤモンド」などと言ったりします。白ワインやシャンパーニュに入っている酒石酸の結晶は、グラスに入っても沈めておいて静かに口に運べば大丈夫ですからデカンタージュの必要はありません。



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あなたが、楽しみにしている食事会にワインを持っていくとしましょう。もしそのワインが澱の生じているようなヴィンテ-ジの古い高級ワインだとしたら、その当日に手でぶらさげて行くのは大きなリスクを伴います。どんなに注意をして静かに運んだとしても、持って行く間に澱がボトルのなかで舞ってしまい、十分な澱下げが出来ないのでデカンタージュをしても綺麗な上澄み部分が少なくなってしまいますし、サーヴィスされるとき半分以上のグラスには澱が入ってしまう結果になるでしょう。
何年も大切に保管していたヴィンテージワインを開ける時には、できれば最低でも4・5日前には会場へ届けておき、なるべくワインにとって環境のよい場所で飲むその時まで静かに保管しておいてもらうことをお勧めします。





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